山田太一さんが父親に口癖のように言われていた言葉ということ。

少年期に浴びる言葉としては相当厳しいものだと思うが、

山田作品の根底にあるものだと思う。

ある講演会では、「所詮他人は理解できっこない」という旨の発言もしているし、

インタビュー等でも同様の趣旨の発言は見て取れます。

ただし、決して悲観的ではない。

そうだからこそ、人間は生きていけるんだと。

人間、自分がかわいいから、他人にそうそうかまっていられない。

でも自分以外、誰が一番自分を大事にしてくれるのか。

(映画:異人たちとの夏 でも同様の発言)

他人に完全に理解してもらえるわけではない。

でも理解してもらいたい、理解したい、という行動、言動、感情は、

他人にも伝わるし、他人からも感じ取れる。

 

たぶん、それぐらいで人間ちょうどいいんだよ、という肯定なんでしょうね。

「空也上人がいた」の執筆エピソードでも、

空也上人像のようにくたびれた顔して隣に寄り添ってくれるくらいがちょうどいい、

とおっしゃっています。

完全理解しあえなくても、寄り添って生きていくことが、

普通なんだよ、と自分は理解してます。